北アルプス ランプの山小屋 船窪小屋

♪この道を歩いていこう♪

★伊那百名山の会の田中さんより依頼され寄稿したものです。

 

当時七倉には営林署の貯木場があり、槍ヶ岳から千丈沢に源を発する高瀬川沿いの渓谷に自生する良質な材木を運搬する拠点として夏は毎日活気づいていた。
東京電力の管轄するこの渓谷にはトロッコ列車が走り、北アルプスのどこの谷よりも活力があったと思う。

私が中学二年生の夏(昭和27年)父は我が家の川端からよく見える「七倉岳」の向こう側に山小屋を建てるべく、田植えが終わって一段落する6月末頃から入山していた。

私は父のいる山小屋の場所へどうしても行ってみたくて近所の又吉おじさんに頼みこんで連れていってもらうことにした。夏休みに入った8月始めころだった。

今思うとどうしてあんなに早く歩けたものかと思うほど足は軽く又吉おじさんは「トシチャー、お前はふんとに早えなあ」といって私の後をフーフー言ってついてきたものだ。

今年も今日から夏の山小屋を開くべく、この道を歩いている。
中学二年の夏の日に歩いた同じ道を私はあの頃の3倍以上の時間を要してゆっくりゆっくり登ってゆく。

何十回も歩いたこの道を今年も登る。一歩一歩歩いてふと顔をあげると丁度曲がり角に来ていた。

その目の先に大きな岩を太い根で抱いてまっすぐに天に向かってそびえているオオシラビソの大木があった。

私は大きく息を吐くとその大木に向かって「また来たよ。元気かい?」と声をかけた。涼しい風がソヨーッと吹いて「元気だよ。よく来たねぇ」と言ったそんな気がした。

あの大木はどうして大きな岩を抱いているんだろう?この木が芽を出した時、あの岩の上には苔が生えていたんだろうか。

段々大きくなって根を張り出した時は岩の横を滑って土の上に根の先が届いたんだね。きっと、、、、

そして何十年も過ぎた今、こんな風に人間の及ばない不思議な姿になっているんだろう、、、と。

そんな大樹に覆われたこの山道を6時間、いやもっと長く歩いていると、稜線にたどり着きお花畑の香しい匂ひと小鳥たちの声。

さわやかな風の向こうに我が山小屋が見えてくる。

私はこの山道をいつ迄登ることができるのだろう。

昨秋から苦しめられた膝痛が少し和らぎ今年もこの場所へ来ることができた。

大樹よ、花よ、風よ、山々よ、そして友よ、ほんとうにありがとう!


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