北アルプス ランプの山小屋 船窪小屋

心太小屋番の山旅・上

山旅に出発した日から、早くも一か月が経ちました。
書こう書こうと携帯を握るも、色々な事が詰まった9日間をどう書き出したらいいのか…、結局携帯をすぐ閉じてしまう。そんな一か月でした。
小屋へ来て下さる常連さんには『山旅はどこを歩いてきたの?』なんて聞かれてしまう始末で、情けない限りです。

先日の礼子さんの悲しい知らせに、淡々と過ぎる小屋の時間の中にも、寂しさが通り抜けては晴れ、またやりきれなさが漂って…を、くりかえしています。

私は礼子さんに今夏、ようやくお会いできたのに…
皆さま同様に、ただただ無念でなりません。

私事である山旅報告も、悲報の後でためらいましたが、…礼子さんにも届けるべく、ちゃんと書かなきゃと思いました。
礼子さん、心太小屋番の山旅報告、空の上で読んでくださいね。

今回の山旅は、お父さんお母さんからの大きな大きなご褒美でした。

9日間という贅沢すぎる時間を頂き、すべてを山にあてました。

休みと言えば、小屋に残る皆に代わって下界で用を済ませるのが、私の中で勝手な使命になっていましたが、
私がお母さんに「ベルグへの用も済ませに行きますがどうしますか?」と聞くと「うーん、今回は山旅の為の時間にしてあげたいんだよね」との応え…。

ただでさえ、お母さん・お父さん・ペンパさんは一度も下界に降りられていないのに…、申し訳なさとお母さんの心遣いに胸が打たれました。

元々行きたい所は薄ぼんやりとありましたが、今回の山旅の本題はここで決まったように思います。

私の山歴は浅く、北アルプスに足を踏み入れるのは、この船窪小屋が初めてです。だから、どこもかしこも『歩きたい所』。
その中で、船窪小屋で2ヶ月間生活して、…今一番歩きたいのは
やっぱり針ノ木谷古道でした。

その先は、
小屋から毎日見えるこの絶景を歩きたい。それは、小屋へ来られる方の思いを、身を持って理解したいと日々感じていたのと、歩きながら反対側から船窪小屋・七倉を見てみたいというのも目的でした。
そして、今回は山小屋を利用する事に決めていました。山小屋のいろんなかたちを知りたくて、そして船窪小屋がどういう小屋なのかを、客観的に感じたかったからです。

それは本当に、宝物のような9日間になりました。

30日朝、準備やらでぐずぐずしている私に、お父さんから
「さぁ、さっさといっとくれ」
の一言。
押されるように小屋を出ます。空は見事な朝焼けと雲海の中、お母さん、ペンパさんを始めお客様にも見送られながら出発しました。
小屋から見えなくなるあたりで、また鐘がなり振り返る。
ぱっと目に入ったのは、いつまでも手を振ってくれているお父さんでした。

昨日から、色々と感激の涙を流していた私は、涙腺のネジを落としてしまったのか、また涙…。
けれど、本当に嬉しかったです。お父さんのあの姿、一気に目に焼き付きました。

感傷に浸るなんて私にはまだ早い。

気持ちをきちんと切替え、さぁ、お父さんの想いと顔なじみの常連さんのエネルギーが詰まった、針ノ木谷古道を行くぞ(*^_^*)

いつも水汲みに行く道も、何だか違いました。
あの、道を遮るように生える一本の木。看板を横目に木の根を超えた時、船窪の敷地からとうとう出てしまった、そんな気持ちでした。

乗越を超え、朝日が差し込む樹林帯をぐんぐんと下り、1時間半程で針ノ木谷出合に出ました。

これが、皆が言う『渡渉』…。
渡渉も初めてです。
昨日、久し振りに遊びに来られた井上さんから受けた、渡渉の心得。きちんと享受できているでしょうか。流される事はないと分かっていても最初は躊躇しました。

えいっ!
河に入った時、谷に差す光の強さに惹かれ、うっとりと佇んでしまいました。絶えず流れる水ときらびやかな光。

やっぱり名は関係するんでしょうか。
自分の姓名も良いもんだな、と思えました。(フルネームを御存じの方には分かっていただけるかも…笑)

旅の初めでこんなに多感になってたら、先々どうなる事やら…、河の真ん中で我に返り、ちょっと先を急ぐ事にしました。

針ノ木谷古道は、沢山の方のお話の通り、良く整備された道です。
赤い布もちょっと先に必ずいてくれて、安心して歩く事ができました。

また何回もDVDで実際の作業を見ていたおかげで、作り手の見える、人の気を感じながらの山行になりました。
「ここがお父さんが草刈りしてるシーンの場所かな?」
「この岩もお父さん達がくべてくれたものかな?」
平ノ渡まで誰にも出合わなかったのに、不思議な安心感がありました。

自分が登山を始めた時、周りの人特に会社には、私をやたらに心配する人がいました。

確かに、世界一の商業都市のターミナルにいて、少々人にうんざりしていたのは否めませんが、逃避ではなかった。
自然を求めながら、山中で人に出合えると凄くほっとする。

今まで私はなんで山を求めたのかな…と、自分でも説明できずにいたのですが、山における人と自然のバランスが、私にはとても心地良いから、こんなに深入りしたくなったんだと気づきました。

だから、自然のほんの一部を人の歩く道として頂いて、自然と共生している感覚や、自然の美しさや厳しさ、絶対的な存在感、更に自然の中で先人が築いたものを感じられる事が、私の楽しみなんだなと、
針ノ木谷古道を歩きたがる自分から得た自分像でした。

…、悪い癖で語りに入ってしまいました。
まだ9日間の中の4時間半しか進んでいません(あはははっ…

高巻きの入口では熊らしき動きもあり、緊張も走りましたが、
過ぎてみれば、それも自然の中なら当然の事。自然に自分を心身ともにさらけ出してる事は、やっぱり喜びだなぁと再確認をしました。

渡渉もだんだん楽しくなり、水の冷たさ・勢いを楽しむ事もできました。

最初の感傷が響いたのか、10時20分がだんだん迫って来ました。全ての渡渉が終わると谷からもだいぶ離れて開けた道です。私の好きなチチコグサも沢山咲いています。
だけど、少し急ぎめ。

河が湖畔に近付き始めた時は、また違う喜びが待っていました。
黒部湖。
針ノ木谷の終着です。豊かな水源は、無事に歩ききれた充実感を例えているようでした。

ここを渡し船に乗って無事に渡れると、友人と待ち合わせている平ノ小屋も目と鼻の先です。
山中で待ち合わせるのは、街とは違うスケールで、ワクワクしましすね。
友人とはこれから約4日間、初心者同士であーだこーだ言いながら歩きます。

階段を無心で渡り、ヒヤヒヤしながら見つけた時刻表!時計を見ると5分前(^o^)
ボートには3人のお客さん。
私が無事に座れるとボートはモーターで動き出しました。

お客さんと話してたら、去年船窪へ泊まられて、水筒の蓋を忘れて行ってしまったとのこと。
「まだありますか?」
「い、いや…分からないですが、恐らく無いです。」
ご連絡頂けてたら良かったのに。

とはいえ
あぁまた、山を真ん中に、色々とお話できた。

心太の山旅、良いスタートを切ることができました。
お母さんが言う『気持ちの良い下り』の針ノ木谷古道、しっかり体感する事ができました。

ボートに揺られながら目的地も見え、意識は先の行程へ。
?


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