北アルプス ランプの山小屋 船窪小屋

温・故・知・新

木漏れ日が揺れる土曜日の朝、七倉尾根を上がった。短いと予感した夏は・・やはり、あっけなく過ぎて行き、秋の気配が漂っている。
7月から、不動岳、烏帽子に続く登山道の修理が行われていることは知っていた。
不動沢の淵をなぞるようにして進んで行く道は、常に問題を抱えながら、幾つもの季節を過ごして来たのだ。ある時は、歩く人を拒むような寂しささえ見せ、またある時は、咲き誇る様々な花たちが揺れる華やかなにぎわいを見せる道だ。
小屋に泊まり込んで・・ひたすら道作りに取り組んでいるKさん。道造りの専門家Tさんや、若いお仲間たち。週末ごとに上がってきては道と向かい合うHさん。
他にも何人もの方たちが・・信じ難い程の寡黙でひたむきな情熱を、この道に注いだ夏なのだ。
空の青がたとえようもなく深く、美しい日曜日の朝、出来上がった新しいこの道を歩いて、船窪岳のピークまで行ってみよう・・・との誘いをお母さんから受けた。

満開のトリカブト、ショウマの白い花穂、オタカラコウの黄色、ナナカマドの赤い実、薄紫のマツムシソウが絶妙の配色を見せる中、船窪乗越しまで歩く。そんな中、私たちの前に現れたのは、まだ柔らかで、足の裏にささやくような反応を伝えてくる、穏やかで優しい新しい道だった。
払った枝や草が、道の脇に重なりあって、森の香りを発散させている。
船窪岳頂上直下の直線の急登は・・・今、沢山の手と足と汗、何より強靭な意志と暖かな心・・・山を愛する思いを胸に抱いた彼らによって、曲線を描きながら空の中へ近づいて行く一筆書きに姿を変えていた。 お母さんも、軽い足取りで歩を進めて行く。9月の透明な陽射しが木々の葉のくっきりとした影を、生まれたての道に落としている。
お母さんの後姿を見ながら・・・私の中にぼんやりと映し出された言葉が、次第にはっきりとした焦点をとらえ像を結んだ。「温・故・知・新」・・・。
そうだ、ここ数年、お父さんが針ノ木古道にかけて来た思いはまさに・・・「古きをたずねる」ものであった。そして・・・今、この柔らかな曲線を描きながら私たちを誘う道は・・「新しきを知る」ものなのだ。 長い眠りから覚めた道も・・・産声をあげたばかりの道も・・これからまた、たくさんの人々の足の記憶をとどめながらいくつもの季節を過ごして行く事になるのだろう。

道の感触を楽しむように船窪岳の頂上を目指していく私たちの前に・・・ふわり・・ふわりと、美しいアサギマダラ舞い降りて来て、切り倒したダケカンバの枝に止まった。
この小さな美しい生き物は、いったいどれだけの長い旅をしてきたのだろうか? その羽根の美しい文様を誇らしげに広げ、静かに休んでいるかのようだったが、やがてまた、ふわりと羽根を動かすと、針ノ木谷の方へと消えて行った。
頂上の先には青いシートがまるで巨大な蝶のように羽根を広げていた。これは、後日、道の修理に必要な材木や資材を空から運んでくる時の目印のためのものだ。

小屋が閉められるまであと1ヶ月。この道に黄色く色づいたダケカンバの葉が落ちる日も近い。

by こん

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